淡路島山伏修行

  • Client : 淡路島山伏修行事務局
  • 監督・撮影・編集 : 上田謙太郎

淡路島で行われた山伏修行の模様です。参加者と山伏の先達と勤行をともにして撮影しました。3日間、淡路の山や海をひたすら歩き、祈り、歌い、心経を唱え、瞑想をします。20人近い人が一緒にいながら、誰とも会話しません。ただ先達の指示を「うけたもう」と言い、ついていくだけです。電子機器はおろか、時計も持たずに過ごします。

私も撮影しながら、修行するみなさんとほぼ同じように過ごしました。特に素晴らしいのが淡路島の諭鶴羽山のサウンドスケープです。登山者が少なく、自分たちも私語を一切しないので、自然の音が美しく広がっており、耳がとても敏感になります。人口音はたまに船の音が聞こえてくるくらいです。

この映像の依頼者である青木 将幸さんはファシリテーションの大事なことは山伏修行にある!とまで言っていましたが、修行中は会話をせずとも相手を感じ、歩調を合わせ、先を見据え、時に慎重に、時にゆるやかに行動するようになります。

ファシリテーションやワークショップといえば、結局言語で共有、議論により何かを構築していくことが多いのですが、実はそれだけではなく、むしろそれに偏重してはいけない局面は多く、確かにこの山伏修行から学べることのように、言葉や思考ではなく、感じること、お互いを読み合うこと、何かを委ねることが大事だと思えてきます。

この時先達を務めていらした星野先達が「考えるのではなく、委ねる」、「信じるのではなく、委ねる」というようなのことをおっしゃっていたのが特に印象的でした。

映像では山伏修行のすばらしさの10分の1も伝えられていないです。ですが、これは良いことだと思います。これから体験する人の予告編として見てもらって。5月6月の淡路島は気候が良くて、とてもいいですよ。

ちなみに青木さんの関係する撮影で、前回は瓦の音楽の撮影があって、その後、自分の父方の家系で淡路の瓦屋さんをやっていた人がいたのがわかったのですが、今度は母方のおじいさんの叔父が家出して山伏になったという話が発覚して、また血は争えないシリーズになりました。